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「いだてん」嘉納治五郎の生涯年表


柔道の創始者で日本オリンピックの父と言われる嘉納治五郎の生涯を年表にまとめました。


万延元年(1860)

現在の神戸市東灘区に生まれる


明治3年(1870)9歳

父と東京に出る


明治8年(1875)14歳


官立東京英語学校(東京外国語学校)卒業後、官立東京開成学校(現、東京大学)に入学


明治10年(1877)16歳

東京大学文学部に編入。柔術を学び始める


明治15年(1882)21歳

学習院(現学習院大学)の教師になる

嘉納塾、講道館を設立


明治24年(1891)30歳

竹添須磨子と結婚する

第五高等中学校(現、熊本大学)校長に就任


明治26年(1893)32歳

高等師範学校(現、筑波大学)校長に就任


明治29年(1896)35歳

高等師範学校に課外活動をまとめる「運動会」設置)

清(現、中国)の留学生の教育をはじめる


明治35年(1902)41歳

清の留学生のため「弘文学院」設立


明治42年(1909」48歳

アジア初のIOC委員に就任


明治44年(1911)50歳

第日本体育協会を設立。初代会長に就任


明治45年(1912)51歳

第5回ストックホルムオリンピックに団長として参加


大正9年(1920) 59歳)

第7回アントワープオリンピックに出席


大正11年(1922)61歳

講道館分科会創立


大正13年(1924)61歳

パリオリンピック(体調不良のため不参加)


昭和3年(1928)63歳

アムステルダムオリンピック出席


昭和7年(1932)67歳

アムステルダムオリンピック出席


昭和11年(1936)71歳

ベルリンオリンピック出席

ベルリンのIOC総会出席、1940年のオリンピックの開催地が東京に決定


昭和13年(1938)75歳

各国のIOC委員を訪問、バンクーバーから帰国途上、氷川丸船上で肺炎のため死去(5月4日)