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大河ドラマ『いだてん ~東京オリムピック噺(ばなし)~』 第2話あらすじ・ネタバレ


大河ドラマ『いだてん ~東京オリムピック噺(ばなし)~』
第2話あらすじ・ネタバレ


日本初のオリンピック予選会マラソンで優勝した金栗四三は明治24年(1891)8月20日熊本県玉名郡春富村に生まれた。

四三の父の信彦(田口トモロヲ)は病弱で、代々続いた造り酒屋を廃業したが、妻シエ(宮崎美子)との間に四男三女をもうけた。

その七番目の子が四三だ。

四三も父に似てひ弱な子どもだった。

明治29年、熊本で嘉納治五郎の柔道が見れるということで、信彦は四三を連れて行った。

嘉納治五郎に抱いてもらえば丈夫な子に育つと祖母スマが言ったからだ。

結局、なんとか見ることはできたものの、抱いてもらうことはできなかった。

が、家族には抱いてもらったと信彦は嘘をついた。

翌年、四三は小学校に入学したが、相変わらず病弱だった。

ある時、四三は兄嫁の出産をきっかけに大発見をする。

「すっすー、はっはー」

山道を駆け上がっても苦しくならない呼吸法だ。

そのおかげで往復三里の道のりを韋駄天の速さで通学できた。

明治38年、父が血を吐き、昏睡状態になる。

四三は急いで走り家路を急ぐが帰り着く前に信彦はこの世を去ってしまった。


同年、四三は玉名中学校に進学した。

四三は海軍兵学校を受験したいと話す。

しかし、身体が弱いため、身体検査で落ちてしまった。

そのことを春野スヤに話すと、意外な言葉で励まされる。

「丈夫な体ば、お国のために使うか、自分のために使うか、決めるとは四三さんたい、自由ったい」

帰り道、自転車をこぐスヤの横を並んで走り、スヤに教わった「自転車節」を一緒に歌った。


その頃、美濃部孝蔵(森山未來)は、芸者遊びの勘定をごまかそうと寄席に逃げ込み、運命的な出会いをした。

その日は橘屋円喬(松尾スズキ)が高座に上がっていて、その噺に魅了され、弟子になることを決意したのだ。

一方、四三は中学の級友美川秀信(勝地涼)から、東京高等師範学校を受験すると聞かされる。

そして、その校長は、あの嘉納治五郎だということに衝撃を受けた。