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萬平と塩作りをしていた若者達「塩軍団」は実在したの?


「まんぷく」ドラマの中で泉大津で萬平と塩作りをしていた通称「塩軍団」

「塩軍団」は実在したのでしょうか?


現実では

終戦後、大阪の街には戦争から帰って、仕事もなくぶらぶらした若者で溢れていました。中には短銃を持ち歩くものもいて物騒でした。

百福は世の中の助けになろうと男気を出します。

仕事のない若者を集め、泉大津の浜で塩作りをさせることにしました。

百福に塩作りの経験はありませんでしたが、疎開中に赤穂の塩田を観察したことがあり、基本は心得ていました。

鉄板を太陽光で熱し、海水を流します。濃度が上がったところですくい上げ、大釜で煮るという自己流でしたが、うまくいきました。

手伝いの若者に給与はありませんが、住み込みで奨学金のような生活費を支給しました。

塩は、無料で配り、余ったものを一部販売するなど、企業活動とは程遠いものだったそうです。

また、漁船を二艘買い、イワシ漁を行いました。

仁子も船に乗り、若者達と一緒に漁を楽しんだそうです。

仁子と仁子の母は、若者達の親代わりになり、食事の世話から恋愛相談までしていました。

時には、若者達が帰宅した百福を楽器の演奏で迎えたり、彼らの親や友人も宿泊しに来たりなど、活気にあふれる毎日でした。

ドラマでは神部と神部が集めた14人の塩軍団でしたが、実際には、駅などにポスターを貼って募集すると塩作りに百十数名もの若者が集まりました。

ドラマで14人は多い、お世話をするのは大変そうと思ったのですが、リアルではさらに多くの人が集まったのです。

百数十名の若者の面倒をみていた百福さん、仁子さん、須磨さん、凄すぎます。