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チキンラーメン開発秘話① 47歳にして無一文になった安藤百福、即席麺の開発に取りかかる


チキンラーメン開発秘話① 47歳にして無一文になった安藤百福、即席麺の開発に取りかかる

昭和32年(1957)百福は、理事長をしていた信用組合が破綻し、47歳にして無一文になってしまいました。

池田家の借家は閑散とし、仕事が片付くと同時に訪問者も途絶え、だんだんと訪れる人もいなくなった。

そのような状況でも百福はいつまでも後悔を引きずりませんでした。

「失ったのは財産だけだ。そのぶんの経験は血や肉となって身についた」

そう考えると勇気が湧いたそうです。

「何度だって立ち上がればいい」

百福は今後一切、銀行には頼らないという誓いを立てます。

そこで、百福が挑戦に踏み出したのが
「ラーメンを作ろう!」

家庭で手軽に味わえて、しかもお湯だけで作れるラーメンの開発です。

戦後の貧困時代に、闇市で見た一杯のラーメンが人々に笑顔をもたらしていた光景。

その夢ををようやく現実にする時がきたのです。

自転車で街へ出て、手頃な中古の製麺機、直径1メートルの中華鍋、大量の小麦粉、油などを購入しては、自転車の荷台にくくりつけ、自宅へ運びました。

まずは知り合いに頼んで研究のための小屋をたててもらい、そこで研究に没頭しました。

「転んでもただでは起きるな、そこらへんの土でもつかんでこい」

百福の口癖です。

職を失い、無一文になっても、新しいことを始めて全力でやる。

そこが、百福の凄いところですね。

普通なら、華やかな生活から無一文になってしまったら、なかなか立ち上がれません・・・

百福の精神力、見習いたいものです。